「プーケット」という言葉が、ふと降りてきた日
プーケット、という言葉が頭に浮かんだのは7月のことでした。
海外移住を考え始めてから、タイを含め、いくつかの国を候補にして調べていました。
教育環境、治安、生活費、気候…。
それなりに情報は集めていたと思います。
でも、どこか「ここだ」と思いきれない。
いい条件は揃っているのに、なぜかしっくり来ない。
その感覚に、正直、少し焦りもありました。
そんなとき、ふと頭に浮かんだのが「プーケット」という言葉でした。
タイ自体は調べていたのに、不思議とプーケットという場所は、これまで候補にも挙げていませんでした。
理由を並べて考えたわけでも、綿密に情報を集めた結果でもありません。
でも、その言葉が浮かんだ瞬間、なぜか心がすっと落ち着いて、
「あ、ここかもしれない」
そんな感覚がありました。
そこからは不思議と迷いがなく、学校を調べ、実際に下見に行くところまで、流れるように進んでいきました。
そして、9月。現地で学校を見た息子は、
「ここに行きたい!すぐ行きたい!」
と迷いのない表情。
でも親の私たちは違いました。
「小学校1年生が終わってからでもいいんじゃない?」
「来年の4月でも・・・」
今思えば、息子の準備ではなく、
私たち親の不安が理由で、決断を先延ばしにしていたのだと思います。
先延ばしにしていた私たちを、止めた出来事
10月下旬のある日。
担任の先生に呼び止められた出来事がありました。
授業で、校庭で見つけたバッタについて書く時間があったそうです。
先生が黒板に書いた内容を、みんなで写す、という流れでした。
でも息子は、「黒板を写すだけじゃ面白くない」「自分が書きたいことを書きたい」と感じたようで、先生にそう伝えたそうです。
先生は、「書くのが苦手な子もいるから、授業はみんなに合わせて進めているんだよ」と説明されたそうです。
その場では一度納得したものの、息子の中ではどうしても気持ちが収まらなかったようで、給食の時間に改めて先生に思いを伝え、新しいプリントをもらい、昼休みに一人で書いたそうです。
いつもなら友達と遊ぶ、楽しい昼休み。
それを使ってまで、自分の書きたいことを書いた息子の姿を想像して、私は胸がぎゅっとなりました。
自分のやりたいことがはっきり分かっていて、それをちゃんと伝えられる。
それは素晴らしいことだと思う反面、
そこまでしないと自分を表現できない環境に、息子は相当なストレスを感じているのではないか、とも思いました。
この気持ちを、意思の強さを、
「わがまま」や「扱いにくさ」として消してしまう前に。
今の息子の感覚を、もっと伸ばしてあげるべきなんじゃないか。
それなのに、
親の不安だけを理由に、先延ばしにする意味はあるんだろうか。
学校からの帰り道、
「今日の夜、夫とちゃんと話そう」
そう強く思いました。

「なんで、すぐ行かないの?」という偶然の一致
その夜、夫に今日の出来事を話すと、
夫も驚いたようにこう言いました。
「実は今日、友人に
『なんで今すぐいかないの?』って言われたんだよね」
お互い、同じ日に、同じような言葉を受け取っていた。
これはもう、
「少しでも早く行け」というメッセージなんじゃないか。
そう話し合い、出国はそこから3ヶ月後と決めました。
「3ヶ月」という期間に、特別な意味があったわけではありません。でも、これまで移住について調べるなかで、「決めてから3ヶ月ほどで出国した」という人を、ブログやYouTubeで何人か見ていました。
移住は、もっと何年もかけて準備するものだと思っていたけれど、その気になれば、3ヶ月でも行けるんだ。そんな感覚が少しずつ私の中にできてきました。
そして、息子のストレスを感じたあの出来事。
「いつか」ではなく、「できるだけ早く」環境を変えた方がいい。そう思った時、私たちにとって無理のない最短の期間が、3ヶ月だったのだと思います。
勢いだけで決めたわけでもなく、かといって、すべてが整うのを待ったわけでもない。
不安を抱えたままでも、動きだすことはできる。
私たちにとっての現実的なタイミングが、3ヶ月後の出国でした。
怒涛の準備期間と、消えなかった不安
そこからは、本当に怒涛の日々でした。
家の片づけに始まり、入学手続き、教育ビザの申請、海外送金。どれも初めてのことで、分からないことばかりでした。
周りに移住経験者もいなかったので、その都度ネットで調べながら、手続きを一つずつ進めていく毎日。
小さな作業でも思った以上に時間がかかり、立ち止まって考える余裕もないまま、日々が過ぎていきました。
考える暇がないほど忙しかったけれど、
不安が消えたわけではありません。
準備を始めて1か月程経ったころ、
人生で初めての不正出血があり、病院で検査をしました。
異常はなく、「ストレスかもしれませんね」と言われました。
私自身、不安は感じていたものの、それが体に影響するほどだとは思っていませんでした。
自覚していないつもりでも、
それだけ心と体に負荷がかかっていたのだと思います。
不安がなかった息子と、不安だらけの大人たち
一方で、息子はというと。
「早く行きたい!」
「不安なことある?」と聞いても、
「乗り物酔いしないか心配かな?」くらい。
学習面の英語を心配する私に、
「僕、英語しゃべれるから大丈夫だよ」
と、自信満々でした。
不安を数えていたのは、完全に大人の方でした。
英語力、家探し、ビザ、イミグレーション…。
調べて準備すれば多少和らぐけれど、
ゼロにはならない。
じゃあ、移住やめる?
そう自分の心に聞いてみたら、答えははっきりしていました。
「NO」
「もっといろんな体験がしたい」
心の奥から、そんな声が聞こえた気がしました。
移住は子供のため”だけ”じゃなかった
移住のきっかけは、確かに息子の教育です。
そう聞かれたら、今もそう答えます。
でも、それだけじゃありませんでした。
私も夫も、結婚前から
「いつか海外で暮らしてみたい」
そんな想いを、それぞれ心の奥に持っていました。
今でも不安はゼロではありません。
でも、当時あれほど心配していたことも、
いざ現地で生活が始まってみると、
ひとつずつ「その都度なんとかしていく」しかなくて、
気づけば、ちゃんと前に進んでいました。
ビザのことも、家探しも、イミグレーションでのやりとりも、
完璧に分かってから動いたわけではありません。
その都度、調べて、聞いて、助けてもらいながら、
「あ、こうやってやればいいんだ」と体で覚えていった感じです。

出国前に、家族で決めたたった一つの約束
移住を決めた時、家族3人で話し合ったことがあります。
海外生活で何が起きるか分からない。
でも、
・誰かを責めないこと
・家族で力を合わせること
それだけは大事にしよう、と。
そして翌年1月下旬。
予定通り、私たちは出国しました。
あの時の決断は、間違っていなかった
あの時、不安の中でも決断してよかったと思うのは、
息子の学校のことだけではありません。
私たち親も、
プーケットの自然に癒され、
ここで出会った人たちからたくさんの力をもらい、
この3年間で、思ってもいなかったほど変わりました。
不安がなくなったから行ったわけじゃない。
不安があっても、それでも行きたい気持ちを選んだ。
あの日の決断は、今の私たちに繋がっています。
プーケットでの気づきや変化については、また別の記事で書いていこうと思います。



