我が子の学びの環境は、どこにあるんだろう?
息子が幼稚園に入る頃から、ずっと考えていたことがあります。
それは、
「彼らしく、のびのびと学べる場所はどこだろう?」ということ。
“できないとダメ”ではなく、
“やってみたい” “出来た!”が自然に生まれるような環境。
そんな場所がこの子には必要なんじゃないか―――
ぼんやりと、でも確かに、そう感じていました。
息子が最初に通った幼稚園は、私が子供の頃に過ごした園と、とてもよく似ていました。
先生たちのかける言葉も、雰囲気も、自分の記憶と大きく変わっていなくて。
それはそれで安心感があるけれど、息子には少し窮屈にも見えました。
そこで、幼稚園の年中からインターナショナルスクールへ転園しました。
環境を変えれば、子どもって変わるんだと気づいた2年間でした。
日本の小学校で見えてきた「合う・合わない」
小学校は、家族で話し合い、まずは日本の公立小学校に進むことを選びました。
小学校に入学した息子は、しばらくしてから、こんなことを言うようになりました。
「自分の意見を言いたいのに、言う時間がない」
「学校は黒板を写しに行くだけだから、行っても意味がない」
「図工で“明るい色で作りましょう”って、なんで先生が色を決めるの?僕の作りたい色があるのに」
「宿題が嫌。もう分かっていることを何回も何回もするのが無駄だよ」
最初は驚きました。
でも、入学前からなんとなく感じていた
「日本の学校は合わないかもしれない」
という予感がゆっくりと確信に変わっていきました。
もちろん、日本の教育が悪いわけではありません。
宿題だって、反復して定着させるという良さもあります。
ただ、息子にとっては「何度も同じことをする」のが苦痛だった。
それだけのことなんだと思います。
教育に正解はなくて、
子どもに“合うか・合わないか”だけなんだと、この頃気づきました。
コロナ禍でも「環境を選ぶ」をあきらめなかった
息子の気持ちを聞くたびに、私も夫も
「この子がのびのび学べる場所は、他にあるんじゃないか」
と思うようになりました。
でもその時期はコロナ禍の真っ只中。
簡単に海外に下見に行くなんて到底できない状況です。
そんな中で、
“コロナ禍でも海外移住した家族”の記事を見かけました。
画面越しのその家族が、なんだかとても軽やかに見えて。
「コロナを言い訳にしていたのは私かもしれない」
そんな風にハッとしたのを覚えています。
そこから、国の候補を探したり、学校を調べたり、自分なりに模索する日々が始まりました。

プーケットで見つけた「毎日が楽しい」という言葉
そして気づけば、移住してもうすぐ3年。
心から良かったと思うのは、
息子が毎日“学校が楽しい”と言って通っていること。
子供の生活の大半は学校だから、そこで自分らしくいられるのは、とても大きい。
私自身の子ども時代は、「学校って楽しい?」なんて考えたこともなく、ただ周りと同じように、地元の学校に通うのが当たり前でした。
学校を選べるなんて思ってもみなかった。
だからこそ息子には、
「環境は選べる」
「ここが合わなければ、他の選択肢もある」
そんなことを実際に体験してほしかったのだと思います。
環境が変われば、子どもはこんなに変わる
今、息子は学校のイベントでも、やりたいことがあれば積極的に手を挙げ、堂々と意見を言えるようになっています。
かつて「自分の意見を言いたいのに、言えない」と悩んでいた子が、です。
環境を変えることで、こんなにも伸びやかに、こんなにも自分を表現できるんだと、日々驚かされています。

とはいえ、移住は簡単じゃない。でも...
もちろん、子どもにとっては天国でも、大人には不安が山ほどあります。
言語の問題。
日本を出るための手続き。
慣れない生活環境。
失敗するかもしれないという怖さ。
“移住って簡単そうに見えるけど、実際は全然そうじゃないよね”
と、大人だからこそ思うこともたくさんあります。
でも、それでも
「この子に合う環境を選びたい」
その気持ちが、私たちの背中を押してくれました。
移住の細かい話は、また別の記事で少しずつ書いていきます。
最後に―――「正解」ではなく「選んだ過程」が大切
私は独身の頃、
「海外で生活できたらいいな」
となんとなく思ったことはあったけれど、英語もできず、現実的には難しいと思っていました。
子どもができたら、なおさら無理だと思っていました。だからこそ今の自分たちの環境が、どこか不思議にも感じます。
日本の教育が悪くて、海外が良いのではありません。
プーケットだって学校の種類や方針は様々です。
大切なのは、
どんな学校生活を送りたいか、
どんな学び方がその子らしいのか、
家族で一緒に考えて選ぶこと。
この先、どう変わっていくかは分かりませんが、その時その時で、家族が望む形を選びながら進んでいきたい。
そう思っています。



